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世界の紛争地ジョーク集

世界の紛争地ジョーク集:早坂 隆(著)

『ルーマニア・マンホール生活者たちの記録』で知られるルポライターが収集したジョーク集。さすがにお気楽に笑ってばかりはいられないものが多い。
問い)ボスニア・ヘルツェゴビナのサッカー代表チームが練習中に必要なものとしてあるものを人数分揃えた。それは何か?
答え)竹馬。
紛争によって無数の地雷が埋められたことをネタにしたジョークだ。ちょっと古いものではこんなのもある。
酔っぱらいが酒場で叫んでいた。「スターリンの大馬鹿野郎!」すぐKGBがやってきてかれを捕らえた。「俺が何をしたっていうんだ!」KGBいわく「機密漏洩罪」
数々のジョークとともに社会的背景が紹介されているので、笑えたり笑えなかったり。逆境を笑いにしてしまう民衆のパワーには驚かされるが、あとがきにあるように笑いを奪われた悲惨な境遇にある民衆が少なくないのも現実。ついつい考えさせられる。

 

<中公新書ラクレ>
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世界の紛争地ジョーク集

同じ著者の本
ジョークでわかるイスラム社会
ルーマニア・マンホール生活者たちの記録

米国を、ブッシュを嗤う近著
世界反米ジョーク集

 
悲しきアンコールワット

悲しきアンコール・ワット:三留 理男(著)

衝撃のレポート。国際協力によって保存と修復が進められているクメールの遺跡。しかしその一方で毎日のように盗掘が行われている。確立された闇のルートを通じて、世界中のコレクターのもとへ仏像、女神像、工芸品などの文化財が流出していく。需要があるかぎり供給者は後を絶たない。武装した強盗団、雇われ者の窃盗団が暗躍し、怪しげな古美術商、買収された警察官はもとより、軍人や学者、果ては閣僚までが密輸出にからんでいる。愚か者の連鎖。
筆者三留理男氏の丹念な取材によって浮かび上がる遺跡破壊の実態には背筋が寒くなる。もちろん背景にあるのは貧しさであり(カンボジアはアジアの最貧国)、祖先の遺してくれた遺産への無理解であり、一攫千金をたくらむ欲望である。そして盗品を欲しがる世界中のコレクターたち。
筆者はカンボジアの歴史から説きおこし、ベトナム戦争や内戦のどさくさによる遺跡破壊を経て現在に至るまでをていねいにたどる。悲しいのは解決の糸口が見えてこないこと。法を整備しても効力がないのだ。読みやすく分かりやすい文章なので一気に読んでしまったが、読み終えて暗澹たる気持になった。破壊を防ぐ国際協力はできないものか。

  <集英社新書>
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悲しきアンコール・ワット
 
遺跡が語るアジア

遺跡が語るアジア:大村 次郷(著)

表紙はアンコール・ワットで撮影された女神像。微細な細工が施された美しい造形。しかし女神の肩と腰には生々しい銃痕がある。どうしてこんなことになってしまったのか。
本書に紹介されている遺跡はアンコール・ワットのほかアジャンタ、カッパドキア、ガンダーラ、サマルカンドなど18箇所。美しい写真が多いが観光案内書ではない。アジアは遺跡の宝庫であると同時に貧困地域でもあり、紛争地域でもある。歴史遺産を守るどころではない。積極的に破壊しようとする輩もいる。宗教的理由で、あるいは金儲けのために…。遺跡は危機に瀕している。
写真家である著者は各地の遺跡とその周辺に暮らす人々を紹介しながらエッセイふうの文章でその現状を綴っていく。どんな歴史を背負った遺跡なのか、それが今、どんな危機にさらされているのか。いにしえの壮大な文化交流を語る遺跡・文物の写真は見ごたえがある。その一方で無惨に傷つけられた遺跡の数々。
読み進むうちに気が重くなってしまうが、これがアジアの実情なのだ。まさに遺跡が語る現在のアジアの姿。

 

<中公新書>
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カラー版 遺跡が語るアジア

ほかには
図説 イスタンブル歴史散歩

考古学者の兄との共著
カッパドキア―トルコ洞窟修道院と地下都市

 
ダレル・ハフ

統計でウソをつく法:ダレル・ハフ(著)
数式を使わない統計学入門

初版は昭和43年。ロングセラーである。
数学のテストの平均点が50点だったとする。みんな半分しか正解しなかったのだろうか。いやいや、20人が100点で20人が0点でも平均は50点である。この平均点に意味があるだろうか。米国の国民の年収が増加しているという統計がある。実際は国民の10%に満たない人々の収入が増え、ほとんどの国民の収入は減っているのだ。
その統計のとり方は正しいのか、読み方にウソはないのか、わたしたちはふだんあまり考えることがない。サンプル数は充分なのか、だれがどんな目的でとった統計なのかも問題だ。新聞、雑誌、TV、広告などに載っている統計にだまされてはいけない。
グラフの縦横の比率を変えるといった初歩的なウソから「そうだったのか!」の高度な統計操作法まで、この本にはさまざまなウソのつき方が紹介されている。副題に統計学入門とあるが難しい話はない。むしろ素人向け。読んでいるうちにウソの見破り方が身につく、うたぐり深い庶民になるための手引き書である。

  <ブルーバックス>
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統計でウソをつく法

新しいところでは
「社会調査」のウソ
 
早すぎた発見、忘られし論文

早すぎた発見、忘られし論文:大江秀房(著)
常識を覆す大発見に秘められた真実

序文にこう書いてある。本書を読めば科学・技術に携わる人々にはここに採り上げた科学者たちの学問に取り組む姿勢、体験が参考になり、青少年やその親には成長過程の環境の重要さが分かるだろうというのである。大きく出たものである。
採り上げられているのは順番にアボガドロ、メンデル、キャベンディッシュ、ガロア、ポアンカレ、ウェゲナー、アレニウス、ツィオルコフスキー、ギブス、アーベル。この10人について、かれらが何を発見し、いかに無視され、また評価されたかを、その生涯とともに紹介している。
メンデルやガロアについては今さら珍しくない。伝記・評伝の類が数多く書かれているからだ。ウェゲナー、アレニウス、ツィオルコフスキーあたりは類書が少ないため興味深く読むことができた。ざっと読むには手頃でいい。
カオスの生みの親とされるポアンカレについては、かれがどのようにしてカオス現象の存在に気づいたかから説きおこし、研究のプロセス、重要な業績であるトポロジーへの貢献などが語られていく。ポアンカレ断面の簡略な解説もある。カオス理論の説明は「バタフライ効果」や「フラクタル」を避けて通れないのでローレンツを引っぱり出すことになる。ポアンカレひとりに焦点を絞るわけにいかないのだ。筆者の意図はともあれ、カオス理論の成熟の過程を手短に知ることができる。まとめかたがうまいのである。

  <ブルーバックス>
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早すぎた発見、忘られし論文
 
赤川学

子どもが減って何が悪いか!:赤川 学(著)

人口は増え続けるもの。少なくとも減ることはない。そういう前提のもとに作られた制度は少子化によって破綻していく。誰でも想像のつくのが年金制度だ。そして経済成長の鈍化。
制度の現状維持を図るために、少子化に歯止めをかけようとさまざまな政策が試みられている。例えば男女共同参画の推進。子育て支援。推進論者たちは女性就労率の高い国は出生率が高いというデータを示し、女性が今以上に社会進出し、男性の育児負担が増えれば出生率は回復すると主張する。果たしてそうか。女性が外に出て働けば子供は少なくなるのではなかったのか。
著者はリサーチリテラシーの観点から独自にデータを分析し、上記の主張が都合のよい国のデータだけを集めた恣意的なものであることを暴いていく。ほかにも誤差の範囲と思われる違いを証拠と見なして都合のよい議論を展開する一部マスコミ。これは欺瞞ではないのか。少なくとも男女共同参画と少子化対策を結びつけることに無理があるのは間違いない。それどころか逆効果かも知れないのだ。
2004年の暮、ある経済紙に「王子様のいないシンデレラ」という特集記事があった。女性のシンデレラ願望を満たす男がいないというのだ。高度成長期が終わった今、結婚によって今よりいい暮らしができる保証はなくなってしまった。独身の方がいい暮らしができる。結婚しても子供がいない方がいい暮らしができる。いい暮らしというのはやりたいことをやり、欲しいものを手に入れられることを意味する。社会経済状態とは関係なく、願望はバブル期並みに高いところにある。これこそ少子化に直結しているのではないか。
著者は少子化を避けられないものとして受け容れ、それに耐えられる社会制度の構築を進めよと訴える。少子化が不利益だとするなら、その不利益を平等に負担できる社会を作れというのだ。何の効果もない政策を(ウソまでついて)次々と打ち出し、税金の無駄づかいを続けるよりも。

 

<ちくま新書>
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子どもが減って何が悪いか!

関連書籍
論争・少子化日本
希望格差社会
パラサイト社会のゆくえ
子どもという価値―少子化時代の女性の心理
産んではいけない!―少子化なんてくそくらえ
少子化をのりこえたデンマーク

同じ著者の本
性への自由・性からの自由
セクシュアリティの歴史社会学

定方晟

憎悪の宗教:定方 晟(著)
ユダヤ・キリスト・イスラム教と「聖なる憎悪」

「素朴な疑問」という言葉がきらいだ。アホっぽいから。しかしこの本は、その素朴な疑問から出発しているように見える。異教徒の立場から、あるいは無宗教者の立場から「聖書」を読んだ人ならたいてい感じるであろうソボクなギモン、もしくは反感。アダムとエヴァの息子たちは何故「神」によって仲違いさせられるのか。ヨブは何故「神」と「サタン」の駆け引きの犠牲にならなきゃいけないのか、何故「神」は異教徒を滅ぼそうとするのか、など。また「神」への絶対服従に抵抗をおぼえる人も少なくないだろう。
わたしも初めて「聖書」を読んだときは驚いた。まるで犯罪の宝庫ではないかと。「ヨブ記」の解釈は未だにわからない。合理化できないからだ。
さて、著者は憎悪を教え込む聖典(「聖書」や「コーラン」)に親しんだ人間がその影響を受けていないはずがないと考える。異教徒への憎悪があったからこそ新大陸でインディオ大量虐殺が生まれ、ナチスのホロコーストが起こり、イラクで捕虜の虐待が行われたのだと。敵をつくり出し、それを抹殺しようとする宗教!
しかし待っていただきたい。ラス・カサスが言うように新大陸で先住民を大量殺戮したのはたしかにキリスト教徒だった。でもそれが、かれらがキリスト教徒だったからインディオを殺したということになるのか。インディオ大量虐殺を非難したラス・カサスはキリスト教の僧だったではないか。かれは一般信者より教えに忠実なはず。そのかれが異教徒虐殺を糾弾しているのだ。
また仏教は寛容という見方も一面的に過ぎる。かつて日本には僧兵なんて物騒な連中もいたし、仏教徒もしくは仏教文化の中で育った人間にも残虐な輩はいくらでもいたのだ。いくら著者が仏教学者だからといって、これは手落ちである。
とはいえ傾聴に値する見解も少なくない。たとえば異端とされてしまったグノーシス主義を評価しようとする姿勢。一部の冷静な人々を大多数の熱狂的な(=盲目的な、あるいは権威主義的な)人々が異端と見なして退けてしまったという見方は納得のいくものだ。聖書学者やイスラーム学者が「聖書」「コーラン」を擁護し、その暗黒面に目をつぶっているという指摘も、実際にかれらの著作を読んだ人なら少なからず共感するはず。筆者の憎悪(あんたが怒ってどうする)に惑わされずに読めば、「聖書」「コーラン」に素朴な疑問を感じていた人は「ワシもそう思う」と言いたくなるだろう。

 

<洋泉社新書y>
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憎悪の宗教

参考文献
聖典「クルアーン」の思想
異教としてのキリスト教
アラブが見た十字軍
誰がイエスを殺したのか
キリスト教という神話
聖句の彼方―タルムード
ルターの問題の書
ユダヤ人と彼らの嘘・仮面を剥がされたタルムード

仏教を応援する!
がんばれ仏教!
仏教を美化する?
仏教発見!
キリスト教徒の反省?
キリスト教を問いなおす

 
三浦展

ファスト風土化する日本:三浦 展(著)
郊外化とその病理

かつて仕事の関係で関東地方の「郊外」をまわったことがある。どこも没個性的で魅力のない、驚くほど似通った風景ばかりだった。気づいたことの一つは神社やお寺がないこと。これはその土地に歴史がないことを意味する。もともと何もなかったところ=生活がなかったところに幹線道路が通り、ニュータウンが開発されて「よそ者」が移り住み、大型ショッピングセンター、娯楽施設が集まってきたのである。そこには受け継がれてきたコミュニティというものがない。伝統文化もない。かりにかつてあったとしても、破壊されているのだ。地方都市の「シャッター街」はその象徴と言えるだろう。
不可解でショッキングな犯罪が起こる地域には必ずジャスコがある、という筆者の指摘は、センセーショナルであるがゆえに反発を招きそうだ。しかし筆者は短絡的思考でそう言っているのではない。郊外化した地域の抱える問題点を論じているのである。とくに郊外化の進展を日米構造協議にまでさかのぼって論証している部分は示唆に富む。米国に進出するな。国内再開発に金を使え。米国の横車を唯々諾々として受け入れてしまったわが国の政治の情けなさ。先を見る目のない公共事業。破壊されていく地域社会…。
既発表の素材を寄せ集めているため、今ひとつ全体の筋が通っていないのが残念。郊外化と犯罪の因果関係についての論証が中途半端で終わってしまっている。読み手があとを考えるしかない。また郊外化と犯罪が本書の中心主題でもない。弱肉強食を是認する規制緩和(これも米国の圧力)がもたらした弊害についても、筆者は力説している。そして筆者の考える未来の郊外のあり方も示されている。一朝一夕には解決しない問題だが、放っておくわけにはいかない。政治が考慮してこなかった「大切なもの」を再生していくのは、わたしたちの使命なのだろう。

 

<洋泉社新書y>
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ファスト風土化する日本

同じ著者の本
「家族」と「幸福」の戦後史
「郊外」と現代社会

 
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