洋書レビュー
  アドマックス「カフェ・マキシマム」  
ジャズレビューブルーズレビューワールドミュージッククラシックレビュー吹奏楽レビュー 目次
 

新 書

1 / [2] 音楽の本美術の本デザイン書籍絵本・児童書選書・叢書文芸その他
 

トルコのもう一つの顔:小島剛一(著)

日本人にはなじみの薄い国だったトルコ。実際かつて「トルコ」というと風俗街を思い浮かべる人が多かったんじゃないか。トルコ政府からトルコのイメージを悪くすると言う抗議が寄せられたため、ヘルスとかいう新しい名前が考案されたのであった。湾岸戦争ののち中東への興味・関心が高まり、トルコがどこにあるか知らない人はいなくなった(と思いたいのだが…。)
さてそのトルコ政府だが、国内に少数民族は存在しないと公言し、その存在しないはずの人々(主としてクルド人)に対して執拗な弾圧、迫害をくり返している。少数民族の言語は使用が禁止されているのである。うそっぱちの民主主義。そういえば政府軍の武器は主として米国が供与しているそうである。パイプラインの都合もあり、味方にしておきたいのだろう。日本政府もトルコには好意的だ。が、それはさておき…。
この本の筆者は言語学者。現地調査の過程で、クルディスタンと呼ばれる地域に住んでいるのがクルド人だけでないことをすぐに察知する。トルコが数多くの少数民族が群居するモザイク国家であることも見えてくる。著者は言語調査のために活動しているのだが、現地官憲はかれの行動を監視しつづける。知られたくないことがあるからだ。
みずからの属する民族の名さえおおやけにできない人々の苦悩の声、差別する側にあるトルコ人たちの誤解に満ちた発言(これは国民にウソを教える教育の成果だ)は、にわかには信じられないほど衝撃的。
トルコがEUに加盟できないのは、イスラーム国家であることのほかに、こういう民族問題を抱えているからだ。改善を促す外圧はまだまだ小さい。

 

<中公新書>
トルコのもう一つの顔

トルコ関連
トルコ 世紀のはざまで
遠くて近い国トルコ
イスタンブールを愛した人々
オスマン帝国―イスラム世界の「柔らかい専制」

 
猿谷要「物語アメリカの歴史」

物語 アメリカの歴史:猿谷 要(著)
超大国の行方

猿谷要といえば親米文化人の代表、みたいに思っていたので、美化された米国史を書いているのではないかと考えていた。誤解だった。謝らなきゃいけない。本書は建国以前から連綿と続く「影」の歴史をきちんと見据えている。マイノリティへの熱い思いには共感を覚えずにはいられない。
映画にもなったポカホンタスの話。あれは白人が先住民と仲よく共存した証拠として美化され、教科書にも載せられているという。しかし実際は植民地を存続させるための政略結婚だったと考えられている。植民地時代初期、白人の男と先住民の女との結婚は認められていた。毛皮取引に有利だったためだ。しかしそれもやがて禁止され、先住民との結婚は認められなくなる。無知なまま新大陸にやってきた人々が土地にあった作物を生産して生活の基盤を整えることができたのは先住民の協力のおかげだったのに、安定が得られると一転して排斥する方向に向かうのである。
ビリー・ホリデイの『奇妙な果実』という歌をご存知だろうか。白人のリンチに遭って殺された黒人の死体が松の木に吊り下げられている。そのさまをホリデイは「奇妙な果実」と表現したのである。本書にはその「奇妙な果実」の写真がある。大木に下げられた黒人の二つの死体。見物に集まった多くの白人たち。かれらの冷静な表情が不気味だ。
白人至上主義は先住民に対しても発揮された。映画『ソルジャー・ブルー』にあったように、先住民を大量殺戮すれば英雄として称えられたのである。「邪悪なインディアン」を駆逐して米国は西へ西へと拡大していく。選民思想に裏づけられた「明白な天命」という言葉が発明され、膨張は正当化された。そして膨張がカリフォルニアまで達したとき、かれらの目は太平洋やカリブ海に向けられたのである。日本も無縁ではなくなってくる。

本書は歴史書ではない。歴史をめぐるエッセイみたいなものだ。これだけで米国史が語り尽くされているわけではないので、学習したい人には向かない。しかし歴史書には載りそうもないチャップリン追放の話、筆者が米国で実際に体験した異民族差別など興味深い話が多く、わずか280頁にしては読み応えのあるものになっている。

 

<中公新書>
物語アメリカの歴史

同じ著者の本
歴史物語 アフリカ系アメリカ人
参考文献
アメリカの小学生が学ぶ歴史教科書
アメリカの歴史教科書が教える日本の戦争
アメリカ合衆国の膨張
アメリカの歴史

ビリー・ホリディは
奇妙な果実(CD)
奇妙な果実―ビリー・ホリデイ自伝

マグダラのマリア

マグダラのマリア:岡田温司(著)
エロスとアガペーの聖女

最近ではモニカ・ベルッチ演ずるマグダラのマリア(体当たり演技!)に圧倒された方も多いだろう。レオナルドが描いた『モナリザ』がじつはマグダラのマリア(しかも妊娠している)だったという説も論議を呼んでいる。最初の女エヴァ、イエスの母マリアとならんで、マグダラのマリアはキリスト教世界の重要な女であり続けている。
「聖書」で見るかの女はイエスの生涯のクライマックス(磔刑・埋葬・復活)に現れ、蘇りを最初に目撃する唯一の人物でもある。そこからイエスの妻だったという考えも生まれたのだが、その説はバチカンによって異端として斥けられた。それどころか娼婦だったことにされ、現世の快楽に溺れる悪しき女がイエスによって悔悛し、苦行ののちに救われていくという物語が作られた。
ローマ・カトリックにとって都合のいい女に作り替えられていったのだが、人間の罪の象徴であるエヴァや神々しいばかりの母マリアとちがい、信者にとって感情移入しやすい身近な存在、見習うべき女として信仰を集めていく。修道女たちの規範としても称揚された。

本書はマグダラのマリアの絵画・彫刻を年代ごとにたどりながら、変容していくマグダラのマリアを検証していく。やせ衰えた苦行のマグダラ、エロチックな美女マグダラ、画家や彫刻家はどんな思いを作品に込めたのか。そういった作品を産んだ時代背景はどんなものだったのか。これはキリスト教史の一部でもあり、美術史の一部でもある。

本書でも触れられているとおり、かの女はマルセイユにわたって伝道したと伝えられる。フランス南部にかの女にまつわる伝説が多いのはそのためだ。伝承自体信憑性がないのだが、異端とされた思想と結びつき、そこからさまざまな仮説、物語が創作されて、そのつど物議を醸してきた。バチカンが排除したから誤りであるという証拠もないわけで、信じる人がいるのは当然だろう。キリスト教が存続する限り、マグダラのマリアはスターでありつづけるにちがいない。

 

<中公新書>
マグダラのマリア

参考文献
レンヌ=ル=シャトーの謎
マグダラとヨハネのミステリー
ダ・ヴィンチ・コードの「真実」
テンプル騎士団が現れる
フーコーの振り子

こういうDVDもある
ダ・ヴィンチ・コードの謎

モニカ・ベルッチは
パッション

鉄道ひとつばなし

鉄道ひとつばなし:原 武史(著)

講談社のPR誌『本』に連載中の人気コラムを新書化したもの。著者は明治学院大学の原武史教授。かれは鉄道マニア、つまり「てっちゃん」であり、本書は鉄道にかかわる話題の宝庫といった内容になっている。
好きでなければ書けないが、好きなだけでも書けない、深い内容の一冊。鉄道をネタにさまざまな思索が展開されていく。御召(おめし)列車の話題から天皇制と民心のありよう(とその変化)が見えてくる。日本が植民地に敷設した鉄道の今を検証して歴史に思いを馳せる。ヒトラーが鉄道をどう利用したかを調べる―。支配の道具としての鉄道という、ふだん意識したこともない側面が浮かび上がる。このあたり、著者の学者としての研究テーマと結びついているわけだ。

かたい話題ばかりではない。駅名の由来、まずくなった駅そばの話、海の見える車窓十選、著名人と鉄道とのかかわりなど、肩の凝らない記事も多い。自分がふだん利用している鉄道や故郷の鉄道についても「そうだったのか」と膝を打つ話題が紹介され、興味が尽きない。
関西の鉄道ダイヤに関する記事にはドキッとさせられた。2005年4月25日のJR福知山線脱線事故を予見するかのような内容。JRと阪急、阪神の熾烈な争いが紹介されている。本書の発行は2003年だった。

 

<講談社現代新書>
鉄道ひとつばなし

同じ著者の本
「民都」大阪対「帝都」東京
可視化された帝国
皇居前広場

鉄道関連:
日本列島廃線紀行
日本の鉄道名所100を歩く
最新事情 全国鉄道おもしろ雑学事典

ロウソクと蛍光灯

ロウソクと蛍光灯:乾 正雄(著)
照明の発達からさぐる快適性

照明をテーマにした日本初の新書、という触れ込み。新書に限らず一般人向けの類書はほとんど出ていない。著者は建築が専門であり、中心は建築照明。ただ神話時代からの照明の歴史をたどり、照明文化論とでもいえる内容になっている。光や明るさに関する感性が風土によって異なるさまが浮き彫りにされるのは興味深い。また照明器具、照明手段の変遷と生活形態との関連、建築との関連がわかりやすく示される。
近代建築が照明との一体化なしには成立しえなかったこと、照明がまず有用性を満たす段階からスタートして心地よさの追求へと移り、楽しさの演出へと向かっていることなど、ふだんあまり意識しないことに気づかせてくれる。
最終章は明るさ至上主義を見直そうという著者の提案でまとめられている。ひたすら明るさを求める「技術の進歩」はほんとうの快適さとは縁がない。多くの技術が自然との乖離を大きくしてしまったように、明るさを至上のものとする照明技術も自然から乖離し、人間のほんとうの快適さから隔たってしまった。明るさは文明の指標ではないのである。暗さの価値を見直そう。行き過ぎた照明は後戻りさせよう。わたしたちの照明に対する考えは浅かったのだと。乾氏はここが言いたくて本書を書いたのだろう。

 

<祥伝社新書>
ロウソクと蛍光灯

同じ著者の本
夜は暗くてはいけないか
やわらかい環境論―街と建物と人びと

 
  新 書 1 / [2] 音楽の本美術の本デザイン書籍絵本・児童書選書・叢書文芸その他