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五重塔はなぜ倒れないか

五重塔はなぜ倒れないか:上田 篤(編)

優れた推理小説を読んでいるような、わくわくする一冊。木造高層建築である五重塔は戦災や火災による倒壊はあるものの、地震で倒れたことはない。その事実から五重塔の優れた耐震性の謎に迫ろうというのが本書のねらい。
心柱(しんばしら)の役割は何か、各層が緊結されていないキャップ構造の利点とは…。現在の観点からすれば違法建築?さぞかしがっちり造られているだろうという予想が次々と覆され、謎がひとつひとつ解明されていくプロセスについ引き込まれる。途中でやめられない。推理小説のようだと言った以上あまり書けないのが残念。ぜひご自分で読んでわくわくしていただきたい。
それにしてもいにしえの匠たちはどうやってこんな技術、知識を手に入れることができたのだろう。大きな謎である。

〈新潮選書〉
五重塔はなぜ倒れないか

天工開物

天工開物:宋 應星(著)

『天工開物』が書かれたのは李時珍の『本草綱目』のすこし後、明の末期にあたる。目的はインテリの啓蒙。役にも立たないことにはくわしいくせに有益なこと、生活に密着したことを知らない連中の蒙を啓くというのだ。米の味にこだわるいっぽうで、稲作の手順や耕作具をまるで知らないではないかと。本書は当時のさまざまな産業を網羅し、豊富な図解とともにそのあらましを紹介している。
「穀類」すなわち農業にはじまって「珠玉」におわる構成になっているのは、農業を最重要産業ととらえ、宝石の類を値打ちの低いものとする考えによる。農業に従事する人々をさげすむ貴族や学者たちを指弾するあたり、ルソーを思い出した。
専門家からすれば簡略にすぎるだろうが、機織り機の構造、砂糖の作り方、鐘の作り方、船の種類とその作り方など、素人目にはかなり細かな手順が記されている。実際に現地で取材しなければ分からないであろう詳細や作業のコツが書いてあって面白い。一部に伝聞によると思われる疑わしいものもある。挿し絵も同様で、想像で描いたと思われるものがいくつか。迷信や誤謬を正すといいながら竹簡の存在を否定するなど「落ち度」もあるし、勘違いもある。
道教や五行説など中国伝統の思想が色濃いのも大きな特徴。五穀が生じるのは天によるものであり、発明家は天が人の姿をして現れたものだとする。これが「人工」にたいする「天工」の考えかたなのだろうか。
当時すでにポルトガルがマカオを領有しており、宣教師たちによってヨーロッパの科学技術が浸透しはじめていたはず。しかしここでは中国が長い歴史のなかで培ってきた技術が中心になっている(「兵器」の項目だけが例外)。明末期の産業の多彩さ、技術水準が概観できる書物である。

 

〈東洋文庫〉
天工開物

デルスウ・ウザーラ デルスウ・ウザーラ:アルセーニエフ(著)

国をもたず、民族という意識もなく、部族や血族といった単位で暮らしている人々。そこへ異民族の「文明人」がやってきて国境をひき、かれらを「国民」に組み入れる。やがて宣教師が訪れ、かれらに「神」を教え、顔に似合わぬ洗礼名をつける。同意した覚えのない数々の法律がかれらを拘束する。そして増え続ける移住者たちに影響され、先住民たちはみずからの文化を失っていく。慣れぬ貨幣経済の中でほとんどの先住民は貧困者となっていく…。ロシア沿海州も例外ではなかった。
ただここに描かれている20世紀初頭(革命以前)の沿海州はまだ中央の管理・監視が及んでおらず、中国人植民者や朝鮮人たち、宗教上の問題で移住してきたロシア人(旧信徒と表記してある)が先住民に混じって生活していた。その土地になじんで静かに暮らしているものもあれば、先住民を奴隷として使役する悪人どももある。中国語を話す先住民が増えている。「文明化」が始まっているのだ。アルセーニエフはそんな時代の沿海州を学術調査した人物。ガイド・協力者として同行したのが、かれが全幅の信頼をおく先住民ゴリドの老人(といっても50歳くらいの)、デルスウ・ウザーラだった。
文明人が失ってしまった自然と交感する能力、体験から得た独自の知恵を活かし、デルスウはアルセーニエフ一行に襲いかかるさまざまな危険を解決・回避していく(台風に翻弄されたり激流に流されたり、なんども生命の危険にさらされ、そのつど知恵を働かせてのりきっていくのだ)。書物によらない幅広い知識と洞察力、謙虚で思いやりあるデルスウの心根がアルセーニエフの優れた筆力によってまざまざと描き出され、読む者を感動させずにはおかない。中には子どもっぽい解釈や迷信もあるし、素朴と言ってしまえばそれまでだが、単純に面白がる気にはなれない。物事を素直にとらえず「科学的」知識を持ちだしてわかったような顔をしている身としては、反省を促されているような気がしてくる。われわれの「文明」にいかほどの値打ちがあるのだろうかと…。
どうしてもデルスウという男の魅力に気をとられがちだが、一行はほかにもさまざまな個性的人物と出逢っており、筆者の表現力のおかげで優れた短編小説の連続を読んでいるような感じがする。また沿海州探検記、自然のレポートとしても興味深い。一行のたどる密林や渓谷のようす、つまり生物相、地形、地質、気象といったさまざまな事柄が手に取るようにわかるのだ。ぜひこちらも楽しんでいただきたい。
  〈東洋文庫〉
デルスウ・ウザーラ

当時の日本人たち
20世紀夜明けの沿海州
東洋文庫715

サハリン島占領日記1853-54:ニコライ・ブッセ(著)
ロシア人の見た日本人とアイヌ

19世紀米国は捕鯨大国だった。ペリーが日本に開国を迫ったのは北太平洋に展開する捕鯨船団の食糧や水の供給地を求めてのことだった。そんな米国の動きを警戒したロシアは、サハリン(樺太)が米国の支配下に入ることを恐れ、急遽サハリンの占領に乗り出す(プチャーチンの知らぬ間のできごとだった)。本書はその占領軍の指揮官となった若きロシア軍人の残した日記の邦訳。
当時サハリン南部はいくつもの日本の漁業基地が置かれ、先住民アイヌと日本人が生活していた。多くのアイヌが日本人の経済的支配のもとにあり、辛酸をなめていた。筆者ブッセはそれら漁業基地の一つクシュンコタンに60人の部下とともに上陸、哨所を建設してロシアの旗を掲げる。米国の脅威から島を守ると告げて…。「占領」とはいいながら、ロシア人、アイヌ、日本人の奇妙な共存が始まる。三者間の信頼関係は築けないものの、ブッセの人柄と巧みな統率によりさしたるもめ事もおこらず、数か月が過ぎていく。そして占領軍はクリミア戦争など国際情勢の急変によって引き揚げていく。
短い期間ながらブッセの観察眼、批評眼の鋭さが発揮された日記は内容が濃い。育ちのいいロシア青年から見た、沿海州の人々、同国人の生態、サハリンにおけるアイヌと日本人の関係が、ときに辛辣な筆致で描かれている。誤解や先入観に基づく少々不快な表現もあるし、事実誤認もある。しかし日本側資料からの検証による懇切な注が施されているので理解を妨げることはない。日露通好条約150年を過ぎたが、当時の知られざる「事件」をこういうかたちで読めるのは興味深い。

  〈東洋文庫〉
サハリン島占領日記1853-54
東洋文庫202

近世畸人伝・続近世畸人伝:伴蒿蹊・三熊花顛(著)

近世というのは「近頃の」といった意味合いで、寛政年間(18世紀終わり頃)の「近頃」をさす。また、畸人とは「並みの人間ではない」ということで、こんにち一般にイメージする「迷惑な変わり者」という意味ではない。事実ここに紹介されている畸人たちは並はずれた才能を持っていたり、信心深かったり、親孝行だったりする、むしろ優れた人物ばかりだ。
「仏の佐吉」と呼ばれた男の話などその最たるもので、盗賊までがかれの徳の高さを尊び、奪った物を返したという。おとぎ話になりそうな人物だが、著者たちは自身が見聞きした話や近しい人々に聞いた話を収録したというから実在したのだろう。ユニークな連中が次々とあらわれて面白いが、こういう人々を称揚する気風があったという事実に興味をひかれる。ただの変わり者として排斥せず、その個性や価値を認めているからだ。
登場人物には市井の無名の人々が多いが、中江藤樹、貝原益軒、賀茂真淵、池大雅、円空、本阿弥光悦、角倉了以、加賀の千女などの著名人も採り上げられている。かれらの知られざるエピソードを読むのも楽しい。

 

〈東洋文庫〉
近世畸人伝・続近世畸人伝

文庫本でも
近世畸人伝〈岩波文庫〉

こんな本もある
新橋の狸先生―私の近世畸人伝

東洋文庫309

訓蒙画解集・無言道人筆記:司馬江漢(著)

司馬江漢は銅版画や油絵、遠近法の導入などの先駆者として知られる一方、いち早く地動説を唱えるなど先進の啓蒙学者でもあった。地球は丸いと説いて人々をまどわせたりしていた人物だ。『訓蒙画解集』はその江漢が晩年にまとめた啓蒙書。原典は『文選』『呂子春秋』『淮南子』『韓非子』などの漢籍。引用文にその和文解がつき、江漢本人の手になる墨一色の挿し絵が入る。本編92、附録25の117話。
蘭学に通じ地動説を説いてまわった人物らしからぬ漢籍の引用。しかし晩年の江漢は蘭学に興味を失っていたと考えられている。老いてのち若年者にひとこと言い遺しておきたかったのか、漢籍を用いて人生訓を一巻の書物にまとめたのだ。
むずかしい話はほとんどない。李下に冠を正さずとか、林中に薪を売らずとか、誰でも知っている教訓話、たとえ話が出てくる。虎の威を藉る狐の話、矛盾、朝三暮四の言葉の由来もある。江漢の和文解説は妥当なものだが、なかにはユニークなものもある。林中に薪の項には、日本は世界一の米の国なのだから諸外国に輸出せよと書いてある。江戸末期の日本にこんなことを考える人がいたのだ。
巻頭に江漢自筆本が転載されている。江漢の書いた文字も描いた挿し絵も意外に雑。読みやすいとは言えないが本人の手になるものだし、見ていると親しみがわいてくる。

『無言道人筆記』は『訓蒙画解集』に先だって書きためた抜き書き集。『画解集』の種本とみられ、両書には重複が多い。人生訓とは無縁の話題もあり、読んだ本で気になった一節を書きとめたとおぼしきものもある。また日記的性格があり、江漢晩年の心情をうかがい知ることができる。身辺雑事を面倒がり、隠棲を望んでいたようにうけとれる。

 

〈東洋文庫〉
訓蒙画解集・無言道人筆記

故事成句入門書
故事成句でたどる楽しい中国史

東洋文庫519

人倫訓蒙図彙:朝倉治彦(校注)

人倫訓蒙図彙(じんりんきんもうずい)は元禄期に書かれた職業図鑑(全七巻)。「上貴き公卿より庶人の賤しきにいたるまでの其の所作をくわしく家々に尋ねて来由をたゞし云々」とあるように、大臣、武家から医師、職人、芸人、傾城にいたるさまざまな職業を図解し、その由来、特色、寸評が簡略に付されている。
まず職種の多彩さに驚かされる。こんにちの目からすれば意外な職業が多く、ほんとうに商売として成り立っていたのかと思われるものもある。文化の成熟によってはじめて可能になったと思われる職種もある。現代にも通じる怪しげな職業も…。
絵を見ていて思ったのは、職業や身分によって明確に服装や髪形が異なること。当時の人々は一目でそれとわかる恰好をしていたのだ。当たり前といえばそれまでだが、今のわたしたちは制服職業以外、みんな似たような恰好をしている。江戸時代は外見が職業アイデンティティの大切な要素だったのだろうし、身分制社会の必要条件でもあったのだろう。
付された文章に儒学や仏教の影響が見られるのも興味深い。武将のところでは「智仁勇」の三つをかねるべしと理想像をのべているし、猟師の項目では殺生を生業とするむくいに触れ、「なげくべし、かなしむべし」と記している。著者個人の見解というより、こういった考え方は一般に共有されていたのだろう。
江戸時代の、とくに庶民の暮らしに興味のある方にはたいへん参考になると思う。職業づくしとして面白いし、絵が巧いので当時の風俗が手にとるようにわかる。

  〈東洋文庫〉
人倫訓蒙図彙
円仁

入唐求法巡礼行記:円仁(著)

天台の高僧円仁(えんにん=慈覚大師)による足かけ10年の中国旅行記『入唐求法巡礼行記(にっとうぐほうじゅんれいこうき)』。円仁一行は遣唐大使藤原常嗣らとともに承和5年(838年)出帆。艱難辛苦の果てにかろうじて大陸に漂着し、ひたむきな求法の旅が始まる。
仏僧の旅行記だが読み物として面白い。玄奘の『大唐西域記(だいとうさいいきき)』の数倍楽しめる。次々起こる難事件、風変わりな文物や人々のさまが、その場にいるかのように生き生きと描き出される。
唐の民衆の生活、物価、役所の対応(たらい回しされたり親切にされたり)、新羅人など渡来人たちの生活、荒廃期にあった仏教寺院の実態など、観察・記述はかなり細かい。良質なルポルタージュと言えるだろう。円仁が入唐した時代は仏教の受難期だった。皇帝は仏教に対する態度を変化させ、弾圧が日に日に厳しくなっていったのだ。円仁は迫害の内容を詳細に記録している。いわゆる「会昌の廃仏」の実態を知るにも、優れた資料なのである。

巡礼行といいながら、実態は命がけの放浪だった。外国人僧が法を求めて各地の寺院を経巡るのは、不穏な世情の中どれほど困難だったことか。一途な思いで求法の旅を続ける姿は感動を誘う。目的をひとつ達成するごとに読み手も円仁と一緒に安堵する。
資料的興味に対しては時代背景や語義注釈など足立喜六・塩入良道両氏が懇切な注を施してくれているので、必要以上によくわかる。長安の概略図、円仁の足跡を示す地図なども掲載されている。

 

〈東洋文庫〉
入唐求法巡礼行記〈1〉
入唐求法巡礼行記〈2〉

円仁 唐代中国への旅
マルコ・ポーロを超えた男

 
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