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ギルガメシュ叙事詩

ギルガメシュ叙事詩:矢島文夫(訳)

楔形文字で記された『ギルガメシュ叙事詩』は現存する世界最古の物語。紀元前四千年紀には原形が成立していたとされ、シュメールからアッシリア・バビロニアに受け継がれ、古代メソポタミアに広く伝わっていたと考えられている。
『ギルガメシュ叙事詩』が多くの人の心を捉えるのは、それほど古いにもかかわらず文学的に優れているからだ。ギルガメシュとエンキドゥの友情の物語、森の怪物フンババを退治する冒険譚、不死を求めての流浪、大洪水のエピソードなど、興味深い主題が次々と扱われる。大洪水は「旧約聖書」のそれと類似した内容で、ノアに相当する人物ウトナピシュティムによって語られる。イスラエルの民はメソポタミアの下流域が発祥の地と考えられているので、同じ伝説を受け継いでいたのだろう。
また良質な木材のないメソポタミアからはるかレバノンに遠征した記録と思われるフンババ退治の話も面白い。フンババは怪物とされているが、杉の森の守り神、もしくはレバノンに住んでいた強力な民族そのものを指すと考えられるからだ。
あまり威厳のない多くの神々があらわれるのにも興味をひかれる。ギリシア神話のような人間的な神々がギルガメシュの生涯に色々な影響を及ぼす。神話の体系が解明されたらさぞかし面白いだろう。
さまざまな読み解きかたができるので、時間をおいて再読するとちがった解釈が生まれる。それも 『ギルガメシュ叙事詩』の大きな魅力の一つだ。

注)左はハードカバー(山本書店)。現在文庫本で入手可能。

 

<ちくま学芸文庫>
ギルガメシュ叙事詩

絵本で読むギルガメシュ
ギルガメシュ王ものがたり
ギルガメシュ王のたたかい
ギルガメシュ王さいごの旅
古代文字を解読する
解読 古代文字
メソポタミアの神話
古代メソポタミアの神々

アラブが見た十字軍

アラブが見た十字軍:アミン・マアルーフ(著)

ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世がかつての十字軍遠征を侵略と認めて謝罪したのは、長い時間軸の中で考えれば「ついさっき」のことだった。キリスト教徒とイスラームとの溝はとっくに修復不可能なほど深まっていたのだが…。
11世紀から13世紀にかけてキリスト教徒たちがくり返した「聖戦」は、アラブの側からすれば何だったのか。著者マアルーフはアラブの歴史書や年代記作者の著作を渉猟し、侵略された側の視点から十字軍の歴史を組み立てていく。
文字どおりの降ってわいた災難。勇敢だが無知で野蛮なヨーロッパ人たち。両文明の落差は驚くほど大きかった(実例が示されていて大変興味深い)。ところが、内紛でなかなか団結できないイスラームは次々とヨーロッパ人に要衝を奪われていく。ついには勝手な建国まで許してしまうのだ。果てしなく続く争い。醜い内輪もめ。

本書には十字軍を非難する姿勢はなく、イスラームを擁護しようという態度も見られない。事実、どちらも愚かだったと考えるのが公平なところだろう。ただ厖大な登場人物の中には魅力的人物も少なくない。ヨーロッパが書いた十字軍史ではわからないアラブの武将たちがいきいきと描き出されている。逆にヨーロッパが書いた十字軍史に必ずあらわれる「主要人物」は意外なほど出てこない。アラブにしてみればウルバヌス2世などどうでもよく、実際にアラブを蹂躙した武将たちのほうが重要で印象深かったのだ。
また単に敵として闘うだけでなく、さまざまな交流がもたれていたことも判る。十字軍を中世における「文明の衝突」と見る歴史観もあるが、ヨーロッパはこの遠征を通じてオリエントから多くを得ていたのだ。現在その立場は逆転してしまった感がある。

 

<ちくま学芸文庫>
アラブが見た十字軍

十字軍関連
サラディンとサラセン軍―十字軍の好敵手
十字軍騎士団
コンスタンチノープル征服記
十字軍の思想
十字軍―ヨーロッパとイスラム・対立の原点

戦艦ポチョムキンの反乱

戦艦ポチョムキンの反乱:リチャード・ハフ(著)

戦艦ポチョムキンといえばエイゼンシュテインの映画を思い浮かべる人がほとんどだろう。映画史には必ず出てくる「名画」である。手法の斬新さによって評価されているが、見る者に強烈な印象を残す作品でもある。わたしも長い長いリシェリュー階段を滑り落ちていく乳母車のシーンが目に焼きついている。
戦艦ポチョムキン号上の反乱とオデッサの大虐殺は1905年に起こった史実。しかし映画を見ただけで何がわかるだろうか。映画がプロパガンダとして作られたこと、事件の前後関係が描かれていないことがわざわいして、ポチョムキンは歴史から切り離されてしまっている。

本当の革命が起こったのはポチョムキンの反乱から12年後。ではポチョムキンの水兵たちの反乱は失敗だったのか。ただの先走り?革命に及ぼした影響のほどは?
著者リチャード・ハフは当時の資料や反乱メンバーの回顧録から事件の実像を浮き彫りにしていく。読んでいてそりゃそうだろうなと思われる部分が多い。じつはたいへんかっこわるい反乱だったのだ。水兵たちの大半は戦争にでもならなかったらウクライナかどこかで畑を耕していた農民たちだった。かれらに革命の大義などあろうはずもない。待遇への不満から起こった騒動をほんの数人の扇動家が誘導し、戦艦を乗っ取るという「反乱」にまで拡大してしまったのである。水兵たちは自分たちのしでかした「犯罪」におびえていた。
同時期に同じ黒海艦隊で進められていた反乱計画もうまくいかなかった。社会民主党員たちは水兵の統率に失敗してしまう。海軍挙げての反乱計画は頓挫。戦艦ポチョムキンの孤軍奮闘はいつまでつづくのか…。
ポチョムキンがオデッサ市にくわえた艦砲射撃のおそまつさにも驚く。標的は市の指導者が集まっている劇場。しかし当たりゃしないのである。このころロシアは極東で日本の艦隊に完敗を喫していた。黒海艦隊最強の戦艦も質の低さは同じだったようだ。艦砲射撃で市民を守るどころではなかった。
結局は尻すぼみ。乗組員たちは士気が低下し、ルーマニアに亡命する。一部のものは時を経て祖国にもどったが、12年後の革命に関与したものはいない。

 

<講談社学術文庫>
戦艦ポチョムキンの反乱

映画はDVDで
戦艦ポチョムキン

日本の童話

日本の童話名作選〔明治・大正篇〕:講談社文芸文庫(編)

毎日出版文化賞を受賞した一冊。明治・大正期に発表されたわが国の童話を集成したもので、巌谷小波(いわやさざなみ)、泉鏡花から芥川龍之介、竹久夢二にいたる16名の作品が選ばれている。
日本の児童文学の創始者とされる巌谷は代表作『こがね丸』が収録されている。文語体で書かれた犬の仇討ち物語。内容にしても文体にしても現代人の感覚からは遠い。しかしリズミカルな筆致と展開の巧みさはまるで講談のようであり、明治24年に発表されたときは大評判をとったと伝えられる。
島崎藤村の『ふるさと』が素晴らしい。父親が子どもたちに語りかける体裁をとり、藤村の故郷である馬籠村(長野)の日常生活がやさしい言葉で語られていく。民俗学的興味もかき立てられるが、素朴さに心なごむ一編だ。
有島武郎はやはり代表作『一房の葡萄』。この作品はご承知のように西洋人教師のやさしさが描かれているが、泉鏡花の『金時計』は正反対に西洋人のいやらしさを描いている。日本人をばかにしたお雇い外国人が出てくるのだ。別人の作品ではあるけれど、当時の日本人の西洋人に対するアンビバレントな感情が示されているようで興味深い。

  <講談社文芸文庫>
日本の童話名作選〔明治・大正篇〕

収録作家:巌谷小波/尾崎紅葉/
泉鏡花/国木田独歩/押川春浪/
与謝野晶子/菊池寛/芥川龍之介/
有島武郎/島崎藤村/武者小路実篤/
佐藤春夫/吉田絃二郎/室生犀星/
竹久夢二

日本の童話名作選〔昭和篇〕
メタモルフォーシス

メタモルフォーシス:アントーニーヌス・リーベラーリス

アントーニーヌスは紀元2〜3世紀の人物と推定される物語作家。遺された唯一の作品がこの『メタモルフォーシス』なのだという。「ギリシア変身物語集」と副題にあるように、ギリシアに伝わる神話、民話から変身をテーマとする物語を集めたもの。かのオウィディウスの『変身物語』と同じ題材もあるが細部は異なり、なにより筆致がきわめて簡潔だ。オウィディウスは登場人物の感情の動きをていねいに描き出すが、アントーニーヌスは変身の経緯を淡々とつづっていくのみ。「かつてこのような出来事がありました」とほとんど粗筋だけを紹介していく。
変身のきっかけはさまざま。神の怒りに触れる場合もあれば神の憐れみによって変身させられる場合もある。鳥になったり蜥蜴になったり、虫になったり樹木になったり、変身の対象もさまざま。古代の人々は身の回りの生き物たちがかつては人間だったという話を、ファンタジーではなく現実として捉えていたのかも知れない。神々は人間の生活に密接に関与し、よくも悪くもその運命を左右する。ときに神々は自分たちの争いに人間を巻き込みながら「人間くさい」欲望を満たそうとする。人間ももちろん欲望の実現に熱心なのだが、結局神には勝てないのである。
ファンタジー作家など創作家の種本として使えるのではないか…、読んでいてそう思った。突き放したような表現がかえって読み手の想像力をかき立て、自分なりの肉づけや自由な解釈を行って面白い物語を産み出せそうである。

  <講談社文芸文庫>
メタモルフォーシス
京都のこころ

京都のこころA to Z:木村 衣有子(著)

この表紙を見てピンときた人は京都文化にシンパシーがある人だろう。そう、東福寺北庭園の市松模様のイメージだ。本書は数多(あまた)ある京都ガイドブックのひとつ。しかしだれでも行く有名観光地を避け、地元の人や京都通でなければ知らないような数々のスポット・土産品を紹介したものだ。
タイトルにあるようにAからZまで26項目。「A」はARTで京都芸術センター。いきなり渋い選択で期待が高まる。「E」の絵はがきはミュージアム・ショップにある珍しいものを紹介。「I」は一澤帆布「K」は河井寛次郎、ほかにも喫茶ソワレやら裏町風景やら。
著者はもちろん京都好きだけど、熱っぽくないのがいい。エッセイふうの読みやすい語り口。そして写真のよさ。頁いっぱいに掲載された数々の写真が、愛情をもって撮影されているのがわかる。観光絵はがきとはまったくちがう味わい。
行きたくなったら巻末に地図・電話番号・営業時間などの一覧が。あんまり大勢押しかけて欲しくないところが多いが、ぞろぞろ行くタイプの人たちはこういうスポットには興味がないかも。

 

京都のこころA to Z

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